中林忠良

銅版画家・中林忠良氏の個展に際し、埼玉県にあるアトリエでお話を伺いました。

中林忠良(以下、中林) 廣畑さんというお名前から「ヒロ画廊」と名付けられたわけですね。

ヒロ画廊 代表 廣畑政也(以下、ヒロ) はい、苗字が由来なのと、気持ち的にも末広がりに「広がっていけば」という意味も込めて開廊しました。画廊の近くには紀の川が流れていまして、たまに氾濫して困ったりもするのですが、もともとは祖父の代までは農業が家業で、父は勤めでしたので、私がこういった仕事を生業として始めたのは突然のことでした。

中林 そうでしたか。画廊が高野山の麓にあると聞いて、学生時代に高野山のお寺で泊まったことを思い出しました。確か途中、電車を降りてケーブルカーであがっていったような……。

ヒロ 今でもケーブルカーはあります。他県の作家が来場された際は、その足で高野山詣りする方もいらっしゃいますね。

中林 もう数十年前のことなので記憶も曖昧ですが、全く知らない場所でもなさそうですね。


銅版画家 中林忠良 氏

ヒロ 中林先生はずっと埼玉にお住まいなのですか?

中林 私は品川生まれで、結婚して貧乏絵描きでした。最初は練馬に住んで、だんだんと遠くに引っ越していって、今の住まい(埼玉県ふじみ野市)は住み始めて40年近くになります。

ヒロ そうでしたか。画廊で紹介する作家も東京で活動しやすいといった理由で埼玉にお住いの方は多いです。

中林 画廊のスタイルとしては、基本的に企画でされているわけですね。

ヒロ 私どもの画廊の業態ですが、一般的な企画画廊と同じように、色んな作家にコンタクトをとって展覧会をお願いしています。絵画、彫刻、陶芸…ひとつひとつの展示や仕事に作家のみなさまとのご縁があって、それにお客様が反応してくださって、今まで経営が成り立っています。展示会の準備や仕事がとんとん拍子で進むケースもあれば、遅々としてすすまない場合もあります。ところがあるときに、今までの点が線となって前進するような……今回は、ヒロ画廊でご紹介しています画家の安藤真司さんがキーパーソンとなってくれて、中林先生の展覧会を開催できることになりました。ちょうど私たちが中林先生にコンタクトを取り始めた頃、先生は香港での個展「枯榮之間」でお忙しくされていました。

中林 香港での個展は当初30点ほどの展示と聞いていたのですが、ギャラリーのキュレーターのアイディアで床置きの展示になったようでした。この方々は日本における僕の展覧会図録を丁寧に読み解き、コンセプトをよく理解しての思い切った展示に行き着いたようでした。

ヒロ 展示動画を拝見しましたが、インスタレーションとしての見せ方が強いですね。

中林 国営放送で取り上げられたようで反響も多く、会期も2ヶ月延長してもらいました。ところで、今回の個展にあたって、具体的なモノがあると展示のイメージがしやすいので、ヒロ画廊の模型を作成しました。

今回の個展に際し、中林氏が作成されたヒロ画廊の模型

ヒロ ここまでの模型をまさか作られると思っていませんでした(笑)。和歌山から埼玉に来る道中「先生の作風は具象というよりも抽象的な要素が強いよね」という話になり、画商間のとりかわす言葉で表すと所謂「難しい絵」になってきます。だからこそ、初期からどう変わってきたのかという変遷を伝える展示作業を丁寧にしたいです。

中林 そうですね、初めての場所での展示なので、作風を全体的に俯瞰できる展示がいいですね。

ヒロ どうしても、一般の方がわかりやすい作風となると、植物や静物・風景といった作風になってきます。一方で、抽象の作品はコレクターとなりうる方と出会うと、大コレクションされる方が出てくる……先生のアトリエに今回お邪魔して、ぜひ生で見ていただきたい思いがより一層強くなりました。お客様方の新たなコレクションがはじまるきっかけの展示会になれば、と。最後に、あまり年齢には触れたくないのですが、先生は現在84歳で、過去のインタビューでも語られているように、戦時下の疎開先である新潟で見た雪の風景が表現の根幹とされています。

中林 作家といっても色んな生き方があるからね。一概には言えないけど……大方の作家は自分探しなんでしょう、作品を通して。自分というのはどこから来てどこに行くんだろう、というのは大きな命題として持っているわけですよ。そういう作家たちというのは、自分の過去に目を向けざるを得ない。過去に目を向けて作品化することによって、そこから「卒業」して次のところへ行く。それが、作家の普通の生き方なんじゃないのかな。

【売約済】転位’07-地-Ⅱ( エッチング・アクアチント・ドライポイント / size 56.0 x 76.5 cm / Ed. 47/50 / 制作年 2007年 )

中林 忠良 Tadayoshi NAKABAYASHI
1937  東京府品川区大井山中町に生まれる
1959  東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻 入学
1963  東京藝術大学 卒業 、東京藝術大学大学院 美術研究科 版画専攻 入学
1965  東京藝術大学大学院 美術研究科 版画専攻 修了
1973  日動版画グランプリ展・グランプリ
1975  文部省派遣在外研究員としてパリ国立美術学校、
ハンブルグ造形芸術大学にて研修(-1976)
1982  第14回日本国際美術展・和歌山県立近代美術館賞
1983  第1回中華民国国際版画ビエンナーレ・国際大賞
1986  ソウル国際版画ビエンナーレ国際大賞受賞
1997  中林忠良-腐蝕銅版画-白と黒の世界展(池田20世紀美術館)
2003  紫綬褒章 受章
2009  「中林忠良-すべて腐らないものはない」展(町田市立国際版画美術館)
2014  瑞宝中綬章 受章
2017  「腐蝕の海/地より光へ- 中林忠良銅版画展」(川越市立美術館)
2019  「中林忠良展 銅版画-腐蝕と光」(茅野市美術館)、
 「中林忠良銅版画展 -腐蝕の旅路」(O美術館)
現在  東京藝術大学名誉教授、大阪芸術大学客員教授、日本版画協会 理事、
    日本美術家連盟 理事長