綿引明浩

—作家・綿引明浩さんのヒロ画廊での個展に際し、埼玉県吉川市にある綿引さんのアトリエと、同県越谷市にあるギャラリー恵風で開催されたワークショップを訪れました。

綿引 今回の展覧会はクリアグラフ技法の作品が中心になります。近年の大きなテーマが「自然と人の調和」で、里山風の舞台に大きな一コマ漫画が広がるような、大きな世界を表現しています。

—その前は、「バベルの塔」「ネーデルランドのことわざ」や歌川国芳の浮世絵といった、古今東西の名画の中を「キャスト」と呼ばれる登場人物たちが旅する「イリュージョン」のシリーズでした。(1階が仕事場のアトリエで、2階が生活スペースのご自宅の中は)シンプルで余計なものは飾られていないですね。インスピレーションの源泉になる作品や資料を側に置く作家さんもなかにはいらっしゃいます。

綿引 私は置かないですね。結婚祝いに友だちが作ってくれた白いカラスの彫刻ぐらいです。

—余計なものを置くと気が散りますか?

綿引 気が散るというより、妻が何も置かない生活を演出してくれているのが大きいです。インスピレーションという点では、基本的に30何年間、絵の題材や描くテーマは何ひとつ変わっていないですね。描き方や展開の仕方も変わっていないです。手法だけは変わり続けていますが、版画やって、絵をやって、立体やったり、ガラスとコラボしたり、今はアニメーションを始めましたし。「メディア」を変えているだけですね。自分にとって、メディアは「おもちゃ」みたいなものなんですよね。新たな手法を取り入れて、その新鮮さを楽しむ感じで。キャラクターの性格や動き……子どものなかから持っているイメージがメディアを変遷しつつも、動いているだけですね。

—観賞される方にとって、綿引さんの作品の見方、楽しみ方というものはあるのでしょうか。

綿引 (作品に関しては)自分自身が遊んでい雰囲気を、観る方には感じてもらえれば、楽しさはより伝わるのかなと思っています。ただ、日本の職人的な価値観が尊ばれる社会だと「遊んでいると真面目にやっていない」と思われるわけですよね。逆に「時間をかけた」「苦労しました」という思ってもないことを言動で示す必要があったりね。でも、自分としては、楽に描いている方が自然なので、構えて気を引き締めてアトリエに降りて「さぁ、仕事しよう」とやるよりは、生活スペースの2階でも気が向いたら仕事をするか、という具合です。ドローイングの作品ですと、テレビで映画を観ながら描いていますね。移動中の電車内でもスケッチブックに絵を描いたりしています。

—生活と制作のスイッチの切り替えが要らないということでしょうか。そもそも、スイッチ自体が無い?

綿引 無いのかな。たとえば、車の免許は持っていないですね。というのも、車の運転をしてしまうと、アイデアや考え事で気が散って事故を起こすかもしれないですからね(笑)。

—綿引さんは、全国展示リトルクリスマス「小さな版画展」においても、ヒロ画廊では予約が集中する作家のお一人です。

綿引 版画は普段から、完璧主義に陥らないようにしています。そうなると、必ず転んでしまいますね。よからぬ方向に行くというか……なので、毎回の版画制作では60点を目指しています。次の作品では、その60点をに70点にしていく作業を心がけています。そうすると、必ず洗練されていくんですよ。というのも、長年の作家活動で、洗練されていくさまを自分自身で客観的に観ているので、100%は初めから求めていません。版画は1枚の版から複数枚の作品が仕上がる技法と捉えられますよね?けど、私としては作品を反復出来る技法とも考えています。繰り返繰り返しし作って洗練させていくことが大事ですね。

—綿引さんは、全国で展示活動を展開されていますが、展示会を通じて都会と地方の違いは感じられていますか。

綿引 経済的・精神的な余裕の違いはそれぞれ感じます。都会に住まわれる方は、経済的に余裕があっても時間的な余裕が妙にないというのかな。アートは、たしなみや趣のある場所と時間でより活きるわけですが……都会に住まわれている人はその余裕が減っている様な気がしています。語弊があるかもしれませんが、いわゆる「地方」に住んでいる人々の方が、ゆったりとした時間の持ち方をされています。地方の場合だと、積み重なった歴史と地域に沿った文化や風土があって、その上に限られた画廊やギャラリースペースに人と情報が集約していきます。けど、東京はそうではないので方向性が定まらないのでは、と感じています。そういった人々の傾向に沿うように、東京のギャラリーは海外のアートフェアに関心が向いています。自分の展示会の成果としては、広島、大分、ヒロ画廊もそうですし、地方の街で手応えを感じています。

—地域の話しですが、ご自身の生まれは茨城県水戸市、大学は東京、今のお住まいは埼玉、それぞれ居着いた場所への愛着というものはありますか。

綿引 地元の茨城では2年に1回の展示会もしていますし、両親も健在ですので多少の愛着はあります。でも、男三兄弟の末っ子というのもあり、特段「地元に戻ろう」という気持ちはないですね。かといって、東京に住みたいか、ということはないです。もっと年を重ねたら温泉のあるところに住みたいですね(笑)。

—(笑)。

綿引 ヒロ(店主・廣畑政也)さんは、たまに農業もしつつ画商をしているわけでしょう?それは、とてもかっこいいことだと思います。

—かっこいい?

綿引 そうですよ、絶対。やっぱりは、農業は日本人の魂なんだと思うようになって。というのも、自分が住んでいる埼玉県吉川市だと、お勤めされているご近所の方は、田畑を借りてまで土日に農業をこなされます。単純に稲や種を自分で植えれば、その成長が楽しみになるし収穫には喜びも生まれる。それが精神衛生上、とても良いみたいです。自分の場合だと、農作業とまではいかないけど、庭では薪を割って、家に暖炉と煙突があって暖を取れたら……いずれそういう生活が出来れば理想だなと思えるようになりました。20代の頃は、そんな畑や暖炉なんて……って感じだったんだけど、そういう風に人間は「還る」のだなと、最近は思います。

—還る?

綿引 そうそう。面倒なことを削ぎ落として、一見「合理的」に生きてきた人は、次第に「非合理的」なことに魅力を感じて、人生の帳尻を合わせるというのかな。でも、その方が良いですよね。

—その人生を作家活動に費やされている綿引さんですが、お客さんや観られる方々との関係性を普段からどのように捉えていますか。

綿引 作家活動を長いこと続けていると、ギャラリーにずーっと見に来るだけの方も中にはいらっしゃいます。そんな関係が10年ぐらい続いて、やっと1万円位の版画を買ってくれて、その後すぐに1点ものの作品を買ってもらって「お客さん」になってくださる方もいます。当然、毎回買って下さるという方はほとんどいないわけです。ほかには、学生のときに私の絵を見ていてくれて、その時はまだ買えなかったけど、稼ぐようになられてゆとりが出来て「買います」という方もいらっしゃいます。

—そういうお付き合いが出来るというのは、綿引さんの根っこにメンタルのゆとりがあるからでしょうか。というのも、社会生活にはお金と数字が付いて回ります。売上や入場者数などこなすべきノルマ、作家や展示会自体に「ブランド」が出来て、審美とはかけ離れた価値が先行してしまうケースも往々にしてあります。

綿引 自分の場合は、ゆとりというのかな……ただ「(観る人が)自分の絵をどうやって楽しんでくれるだろう?」というのがあって。はじめの繰り返しになりますが、自分は「こう観てください」という指南はしないですしね。あとは、その方の人生の節目、就職・結婚・新居といったイベントに自分の絵が収まってくれるのは本当にうれしいですね。そのように、世の中に美術を愛好して下さる方々というのは、少ないながらも確実にいるので、ビジネスとして成立すればそれはそれでいいですし、自分の一番の根っこには、(アートに)たくさん出会って、おもしろがってくれたらいいや、というのがありますね。

—最後に、綿引さんの作品のなかでは「キャスト」と呼ばれる登場人物たちが思い想いに作品内を駆け巡ります。観る人にとっての「ストーリー」の必要性、物語の役割は普段からどのように考えていますか。

綿引 受け手がどう感じるか、ということですね。私の場合は、自分が考えることは強要しないし、必要以上にストーリーは考えていますが、それを文章にして本などにすることはないし、自分の制作のテンションを上げるための道具としての「ストーリー」でもあるわけです。はじめに話した「おもちゃとしてのメディア」と同じ考え方ですね。お客さんに当然質問されれば答えますが、必要以上に言う必要もないと思っています。あと、長年全国で展示の数はこなしてきましたが、ヒロ画廊では、特別な空間と時間が流れています。確かにアクセスの良さやかっこいいな空間も大事かもしれないですが、画廊にはオーナーの人柄に沿った方々が集まりますよね。私としては自分の作品をヒロさんのイメージの上で解釈して、お客さんに伝えてくださっても問題ないです。最終的には、自分の魅力を感じてもらえる、自分にかかわる人を信じていますから。

Bulbul~夜空の丘~ 39 x 51.5 cm クリアグラフ

[略歴]
綿引 明浩(わたびき あきひろ)

1984  東京藝術大学美術学部首席卒業 買上賞
1984  第2回西武美術館版画大賞展 優秀賞
1986  東京藝術大学大学院修了
1987  現代の版画 松涛美術館
1990  アートは楽しい ハラミュージアムアーク
1993  今日の水戸の美術 茨城県立美術館
1999  リュブリアナ版画ビエンナーレ
2002-3 文化庁芸術家海外派遣 スペイン
2004  西方見聞録 渋谷東急文化村ギャラリー
2005  DOMANI 損保ジャパン美術館
2006  空想図鑑 船橋アンデルセン公園美術館
2008  台北アートフェア
2011  KIAF 韓国国際アートフェア
2013  新島国際ガラスアートフェアー
2014  釜山アートショウ
2015  さかさまの絵画 常陽資料館

<作品所蔵>
東京藝術大学資料館
原美術館
東京国立近代美術館
茨城近代美術館
水戸博物館
カナダ アルバータ州立大学
新島ガラスアートミュージアム

綿引明浩展

2018年4月20日[金]ー 4月29日[日]11:00am -6:00pm

[略歴] 綿引 明浩(わたびき あきひろ)
1984  東京藝術大学美術学部首席卒業 買上賞
1984  第2回西武美術館版画大賞展 優秀賞
1986  東京藝術大学大学院修了
1987  現代の版画 松涛美術館
1990  アートは楽しい ハラミュージアムアーク
1993  今日の水戸の美術 茨城県立美術館
1999  リュブリアナ版画ビエンナーレ
2002-3 文化庁芸術家海外派遣 スペイン
2004  西方見聞録 渋谷東急文化村ギャラリー
2005  DOMANI 損保ジャパン美術館
2006  空想図鑑 船橋アンデルセン公園美術館
2008  台北アートフェア
2011  KIAF 韓国国際アートフェア
2013  新島国際ガラスアートフェアー
2014  釜山アートショウ
2015  さかさまの絵画 常陽資料館

<作品所蔵>
東京藝術大学資料館
原美術館
東京国立近代美術館
茨城近代美術館
水戸博物館
カナダ アルバータ州立大学
新島ガラスアートミュージアム

壺と花器展

2018年3月2日[金]ー 3月11日[日]
11:00am -6:00pm

大島 結 Yu OHSIMA
1975 和歌山県生まれ
1998 信楽窯業試験場にて研修
1999 窯元にて修行(-2003)
2006 築窯(穴窯)
2007 初窯を焚く
和歌山県田辺市長野・高尾山の中腹で土地の土を水簸し、蹴ロクロで成形し、主に梅の木を薪にくべ、穴窯で焼成している

川野恭和 Michikazu KAWANO
1949 鹿児島県曽於郡志布志町生まれ
1974 愛知県立瀬戸窯業専修訓練校卒業 瀧田項一氏に師事
1980 鹿児島県大口市に築窯
1981 日本民藝館展初入選
1984 国展初入選
1985 国展前田賞受賞
1991 日本民藝館展奨励賞受賞
2003 国画会会員に推挙 現在 国画会会員

髙橋直樹 Naoki TAKAHASHI
1951 東京生まれ
1974 日本大学理工学部交通工学科卒業 ガラス工芸家・矢野担先生に師事 ガラス制作を始める
1975 岩津硝子(10年間)吹きガラス職人として勤務
1981 吉野芸術村に築窯 吹きガラス作品制作開始
1983 明日香村阪田に築窯 自宅兼工房(明日香むらの吹きガラス)立ち上げ
1984 東急ハンズ大賞 デザイン賞
2017 あべのハルカスにて個展

松形恭知 Kimitomo MATSUKATA
1951 東京生まれ
1997 第71回国展入選
1998 第2回益子陶芸展審査員特別賞
1999 第15回日本陶芸展入選
2000 日本民藝館展入選 以後、国展、益子陶芸展、日本陶芸展、日本民藝館展などに入選、入賞
2006 国画会工芸部準会員推挙 宮崎県国富町三名に築窯 以後、各地で個展を続ける

三星善業 Yoshinari MITSUBOSHI
1951 和歌山県・高野山に生まれる
1980 目黒威徳氏に師事 森岡成好氏に師事
1986 高野町神谷に築窯 独立
1996 高野町杖ケ藪に穴窯築窯
現在、高野町杖ケ藪(旧杖ケ藪小学校)で穴窯による灰釉と焼き〆の作品を制作