いわさきちひろ&中島潔 版画展 同時開催 大野八生 水彩画展


2017年8月4日[金]— 8月13日[日]
11:00am -6:00pm

[略歴]
いわさき ちひろ Chihiro IWASAKI
1918 12月15日、福井県武生市で生まれる。
1933 岡田三郎助に師事、デッサン・油絵の勉強をはじめる。
1936 朱葉会女子洋画展に入選。
1937 小田周洋に師事、藤原行成流の書を習いはじめる。
1942 中谷泰に師事、再び油絵を描きはじめる。
1946 日本共産党に入党。人民新聞の記者となる。日本共産党宣伝部・芸術学校に入る。
    赤松俊子(丸木俊)に師事。
1948 新聞のカット・挿絵、絵雑誌、教科書の仕事の多く手掛ける。油絵もよく描く。
1949 紙芝居「お母さんの話」(教育紙芝居研究会)を出版し、翌年、文部大臣賞。
1956 小学館児童文化賞受賞
1960 「あいうえおのほん」(童心社)を描き、翌年、サンケイ児童出版文化賞受賞。
1964 安泰、遠藤てるよ、久米宏一、滝平二郎、東本つね、箕田源二郎らと「童画ぐるーぷ車」を結成。
1971 「ことりのくるひ」(至光社)を描き、’73年ボローニア国際児童図書展グラフィック賞を受賞。
1974 8月8日、没。享年55歳。

中島 潔 Kiyoshi NAKASHIMA
1943 4月生まれ。佐賀県出身。
1961 佐賀県立唐津西高校卒業後上京。独学で絵の勉強を続ける。
1964 広告会社に就職。アートディレクターとして数々の賞を受賞。
1971 フランス・パリの美術学校で学ぶ。
1982 NHK「みんなのうた」のイメージ画を手がける。
    同年、東京小田急百貨店で初の個展を開く。
1987 ボローニャ国際児童図書展で絵本「木霊みょうと」がグラフィック賞受賞。
1989 ワシントン州百年祭を記念して、兵庫県よりワシントン州に「かのひとはるか」を寄贈。
1990 北京の故宮にて海外展開催。
1998 画業30年記念で「源氏物語54帖」完成。
1999 NHKにて「郷愁・中島潔の世界」(春夏秋冬四部作)を制作・放送。
2001 NHKドキュメンタリー番組「中島潔が描く金子みすゞの世界」制作・放送
    NHK「世界 わが心の旅ーセーヌ川・私を作った2人の女」制作・放送。
    パリ・三越エトワール美術館にて海外展開催。
2003 東京メトロ半蔵門線開通を記念して、新四駅にアートレリーフを制作。
2007 東京・上野の森美術館にて「絵筆でつづる四半世紀展」を開催。
2010 京都・清水寺成就院に「生命の無常と輝き」襖絵46枚を奉納。
    5月 NHKクローズアップ現代「風の画家・中島潔 いのちを描く」制作・放送。

大野 八生 Yayoi OHNO
園芸好きの祖父のもと幼い頃から植物に親しむ。植物に携わる様々な仕事を経て庭をつくる仕事へ。造園会社退社後、それまで描きつづけてきたイラストと植物の仕事でフリーとなる。現在イラストレーターと造園家として活動。NHK「趣味の園芸ビギナーズ」や光村図書の小学校教科書の表紙イラストを手がける。
著書「夏のクリスマスローズ」アートン新社、「にわのともだち」「じょうろさん」偕成社、
「盆栽えほん」あすなろ書房、「小学校国語教科書,表紙」光村図書出版

投稿日:

筆塚稔尚展


2017年7月21日[金]— 7月30日[日]
11:00am -6:00pm

[略歴]
筆塚 稔尚 Toshihisa FUDEZUKA
1957 香川県生まれ
1981 武蔵野美術大学 造形学部油絵学科卒業
1983 東京芸術大学 大学院 美術専攻科終了
1989 客員研究員/カナダ政府奨学金、アルバータ州立大学 (-90)
2000 文化庁在外研修員・ポーランド(-01)
2003 4th Engraving Biennial of Ile-de-France 招待出品 フランス
2004 カタール芸術文化祭招待出品 ドーハ・カタール 日本の木版画100年展-創作木版画から新しい版表現へ-名古屋市美術館・愛知
2005 INPUT OUTPUT -あるクリエーターのコレクション-展 東京純心女子大学 純心ギャラリー
2006 バハラート・バハマン国際版画ビエンナーレ展 招待出品 インド
2008 ハーベスト「原健と120人の仕事」原健退任記念展 ギャラリー東和・東京造形大学
2010 「日本現代版画展」 ティコティン美術館・ハイファ イスラエル
2012  林孝彦・筆塚稔尚版画展 晩翠画廊・宮城
2013  world printmaking one Mile End Art Pabilion, London, U.K. 25 X 25: contemporary Japanese & Australian Printmaking Sydney Australia
   Prism World Printmaking-One 柳沢画廊・埼玉
2014  Hangzhou Art Fair 杭州 中国

投稿日:

近持イオリ 石彫展


2017年7月7日[金]— 7月16日[日]
11:00am -6:00pm

[略歴]
近持イオリ Iori CHIKAMOCHI
1985 金沢美術工芸大学彫刻科卒業、同卒展作品買い上げ、渡米留学(ニューヨーク)
1990 須磨離宮現代彫刻コンクール準入選
1991 第7回ヘンリー・ムーア大賞入選(彫刻の森美術館賞受賞)
1996 第2回かさおか石彫シンポジウム入選、参加(岡山)
1993 アートヒルズ三好ヶ丘1993 彫刻フェスタ入選(特選受賞、愛知)
1994 第5回足立区野外彫刻コンクール入選、第3回石のさとフェスティバル1994 入選
1995 国立とうや湖ぐるっと彫刻公園に設置(北海道壮瞥町)
1998 湖北庁舎前公園にEARTH VIBRATION-環を設置(滋賀)
1999 第6回国際コンテンポラリーアーチフェスティバルNICAF TOYO1999
2000 第5回石のさとフェスティバル セシール賞受賞
2003 第2回あさご芸術の森大賞展入賞
2004 GAOC 群馬スペースアート展入賞
2005 不二越正面玄関プロデュース(富山)
2006 第7 回石のさとフェスティバル入選 第22 回現代日本彫刻展入選(宇部)
2008 「In the future-未来に-を住友重機械工業受付ロビー設置(横須賀)
2004 西浅井中学校銘板石碑設置(西浅井)
2010 石山縄文しじみ貝塚の塔記念碑を設置(大津)

投稿日:

河野甲 & コウノシゲコ 2017

−今回滋子さんの作風は、(2年前の二人展から)強い変化を感じました。「人形の世界から現代美術の世界へ」ということになるのでしょうか。

滋子:6年前に無縁だった現代美術との出会いがあり、そしてその世界に惹かれ、以前の作品の流れとは違う作品となっているかもしれません。コンセプトが大切にされる現代美術において、何を表現したいのか、深く考えるようになりました。私が常に感じていることの中に(生き辛さを抱えて生きている人たち)というのがあります。身体や精神に障害をもって生きている人々です。けれど、だからこそ普通の人々には見えない素晴らしい世界が、覗き得ると信じてます。常識に縛られず本当の自分が分かれば楽になれる。今回のヒロ画廊での展示の全体コンセプトは「僕は本当は魚だったんだ」です。やはり生き辛さから自分らしさを取り戻す希望のメッセ-ジです。作品の技法は以前と同じで、作風は足し算から引き算ですね。

甲:妻の場合、心の苦しい部分も表現のベースになっています。そういう心の葛藤の中から生まれた最近の表現というのは、ちょっと飾って日常を楽しみたいというお茶の間的な美意識からすると、すこし重たいかもしれません。

滋子:目線を変えれば、その人らしく生きられる世界がある。世間の常識に縛られず…ということを今は考えているし、自分もそういう風にしていきたい。60歳だけれど、これからもそうしていきたい。

甲:彼女の場合、制作への取り組み方は、作品が売れる売れないという事からは解放されたように思います。ただ、この世の中で生きていくためにはどうしてもお金が必要ですよね。私には作品を売るという活動の中で、自己表現も曲げたくないというジレンマが当然ある。でも妻の場合は心の病を抱えていて、かなり生きづらく日々を送っています。なので、(なぜ、そのコンセプトの作品なのかという)必然性は出来るだけ全うした方が良いのではないか、という話は普段からします。その点僕は、現実にお金を生み出すというところで、世間が何を欲しているかというところはかなり考慮して仕事をしています。

−以前、甲さんとお会いした際「作品制作は納期などもあるから仕事としての意識がかなり強く、趣味のカタツムリ採集は純粋に幸せを感じる」というお話しが印象に残っています。

甲:いくら好きな事でも、生業にすると楽しいだけではなくなりますね。注文をいただくというのは本当にありがたいですが。

滋子:私の場合、昔の作品を注文していただくとなかなかたいへん(笑)。でも、とてもありがたいです。

甲:妻の場合、そのときに心が動いて作った物だから、(再び注文を受けたときは)心が過去のその状態じゃないからね。二人展ということで、二人で敢えてやる意味みたいなものも探れたら良いなとも思うのですが、無意識のうちにお互い影響を与えながら制作していると思います。そういう意味では敢えて意味を探らなくても、対比の面白さを感じて頂けるのではと思っています。

滋子:二人展の場合は、展示するギャラリーの雰囲気によって出品作品を主人と考慮していますね。

−甲さんの出品作品「右腕測定」の顔が滋子さんの作風に近づいているような気もします。

甲:確かに、この作品を出品すると「奥様の作品ですか?」とよく聞かれます。ある時期の妻の表現方法に影響を受けていると思います。基本的に、妻の作品は好きですね。ただ、僕は素材が革だったので、あまり乾いた感じの表現というのは素材感を生かせないと思っていたし、生き物をつくる時には革のウェットな素材感を生かすべきと思ってきました。でもドライな感覚には強い憧れがありますね。

滋子:三本足のシリーズは?

甲:三本足も(右腕測定)と同じ世界観で作っています。作品って、送り出す作家の思いと受け手のそれは当然様々で違うから、発信者と受け手が出会って、出会いの数だけ意味が生まれるわけでしょ。二番煎じではない、自分の中から出てくる表現だったら別に誰かに似てても構わないし、確かに妻の作品に似てるんですけど、似ててもいいやと僕は思っています。

−滋子さんは甲さんからの影響は?

滋子:受けてないかもしれないです。学生時代はすごく影響を受けました。私は美術全般に不勉強で、うまくもなかったし。(甲さんは)当時からうまかったですよ。本当に色々な世界を教えてもらいました。

甲:感受性が目覚める時期って人によって違うじゃないですか。僕の場合は中学・高校で目覚めた。彼女は短大を卒業した後に花開いたようです。僕は他人の作品に結構影響を受けやすいんですよ。20歳ぐらいまでは純粋に美術を見ることを楽しんでいました。けれど、作家活動を始めると純粋に見れなくなりました。こういうすごいのを作っている人がいる、というのを見ると、歪んだ影響を受けてしまう。ここ何十年も自分から他の人の作品を見るということはしなくなりました。目に入ってくるものは当然見るけど。今誰が活躍しているかも全く知らなくて、僕の場合自然のなかに入ってカタツムリ探していた方が楽しいじゃないですか。直接、自然から受けたインスピレーションを形にするようにしていますね。その方が自然な感じはします。葛藤が少なくて。

−片方で世間の傾向を捉えて、作品に落とし込まれる作家もいます。

甲:それが現代美術の流れですよね。個人に閉じこもってるではなく、社会とのかかわりのなかでね。「今」という瞬間を捉えるのが現代美術には違いないですから。あなた(滋子さん)は、今そういう世界に向かっているよね。

滋子:今後自分が現代美術にどうかかわるかはまだわかりません。昨日主人は東京アートフェアから帰ってきたばかりで、私はその図録を眺めていましたが、主人は全く見ないですね(笑)。

甲:言葉を弄するのではなくて、感受性というものを深く掘り下げていく手作業を作家には絶対必要で、その感受性を現代美術の作家は言葉にも換言できる作業をやっているんでしょうね。言葉で感受性を掘り下げるという作業をね。それがコンセプトというかたちに実を結んでいくのだと思う。

−自宅を改装した私設のカタツムリ博物館の計画もありますね。

甲:あちこちに喋ってるので、もうあとには引けないですね(笑)。仕事の合間に少しずつリノベーションしてます。標本も展示品も作っていかないといけないし、今年は忙しくなりそうです。 −時間のある日はどう過ごされていますか?

滋子:映画ですね。映画館は苦手なので、DVDを借りてきて。心に残る作品では『嗤う分身』『エレファント・ソング』…沢山あります。映画の話になると止まらないです(笑)。映画の影響が作品作りに出ることもあります。2年前にはやはり映画のタイトルである「メランコリア」と題して作品に香りを足した展示も企画しました。

−甲さんは、ジャズがお好きですよね。制作中も聞きながら?

甲:ジャズは昔から聞きますね。一番心が癒やされます。でも制作中はラジオですね。今はもっぱらNHK第2。

滋子:ほら、あと歯舞とか国後とか言ってるやつ聴いてるよね。

甲:気象通報というのがあって、日本と周辺地域の気温、風力、気圧など、主要都市を巡って淡々と放送するんです。それがすっごく心地よくて。イメージするんですよね、行ったことのない場所を。ポロナイスクとかセベロクリリスクとか。地名も宮沢賢治っぽくて。どんな風景の場所やろう、って。ラジオから聞こえてくるモノトーンな感じがすごく好きで。僕は愛媛の宇和島という田舎出身なので、都会から送られてくるラジオ放送が混線したりするんですね。それが心地よかったというのがあるからかもしれません。そういうのが、ポエジーだと思うんですね。ポエジーを感じるというのが、僕の美術の基本なんですよ。(庭を眺めながら)こういう風景を見てても、妙に春めいて来る感じとか、風がぶわぁっと吹いて、南から風が運んでくる感じとか。誰もが感じることではあるんですけど。ポエジーを感じる瞬間というのが… それを定着させたいというのが僕の夢なんですよね。

聞き手・撮影 廣畑貴之

投稿日: