奥野誠・奥野佳世

作家・奥野誠さんと奥野佳世さんのヒロ画廊での2年ぶりの2人展に際し、和歌山県田辺市龍神村にあるお二人の工房を訪れました。 2018.4.4 wed.

ヒロ(ヒロ画廊 代表 廣畑政也、以下「ヒロ」) 今日、画廊からここに来る車中で奥野さんたちとの出会いを思い出していたのですが、森田順子さんの絵画展によく遊びに来ていただいていましたよね。奥野さんのことは、出会う前からお話はよく聞いていましたよ。「大学時代の同級生で、異様にカレー作りにこだわる男がいて、食べさせてもらうのが楽しみだった」とか(笑)。

誠  そうそう、初めてヒロ画廊に伺ったのは、森田さんと赤松功さんの二人展だったと思います。近況ですと、つい先日、上海での展覧会が決まったんですよ。五年程前に工房に来られた方がいて、中国の方なんですが、四連作の大きい作品のうち一つを買っていただいたんですね。その方が、残りの三つも欲しいということで、一昨年にまた来られたんです。で、その方は上海でデパートのディスプレイなどのプロデューサーの仕事をされているのですが、「この程ギャラリーをオープンしたので、奥野さんの展覧会を開きたい」と春に依頼があったんです。それでこの5月から6月の間に作品を展示することになりました。英語でのメールのやりとりも難しいなぁなんて、うれしい悲鳴もありますね。

ヒロ 奥野さんたちの変化としては、誠さんは和歌山県の名匠(平成28年度)に選ばれましたし、上海での仕事もたのしみな展開ですよね。今でこそ芸術村は全国各地にありますけど、奥野さんたちが運営に携わっていた「龍神国際芸術村」(1983年開村)はその「はしり」になるのでしょうか?

誠  はしりもなにも、その頃は「Uターン」や「Iターン」という言葉自体もまだなかったですし、「村おこし」という言葉もようやく使われ始めた頃で、それぐらい当時としては、斬新なアイデアだったのでしょうね。嶋本昭三(しまもと・しょうぞう,1928-2013,現代美術家,京都教育大学名誉教授など歴任)さんが芸術村の村長として、関西の現代美術の作家中心に活動を始められました。村としても作家の定住を望んでいました。僕たちは開村した翌年に大阪からこちらに来ましたが、定住者はいなかったです。その時点では、まだ根付くところまでいってなかったんですね。

ヒロ 嶋本さんとはいつ頃から交流があったのですか?

佳世 私たちが親しくなったのは、1984年に京都のアートスペース虹で私が個展をしたときに嶋本さんが来られたことがきっかけでした。

誠  嶋本さんの知られた活動のひとつにメールアート(※ ⅰ )がありますが、郵政省の役人さんたちが嶋本さんのオフィスを頻繁に訪れて、世界の郵便事情を聞きに来ていましたよ。彼の功績のひとつは郵便法改正に貢献されている点ですね。あと、1987年の朝日新聞阪神支局襲撃事件で亡くなられた小尻知博記者が、定期的に嶋本さんを取材をされていました。嶋本さんは、それまでは派手な格好をされていたけど、小尻記者が亡くなられた年からスキンヘッドにしていつも白黒の服を着られるようになりましたね。

(※ ⅰ ):郵便手段を通じて表現活動を行う美術の形式。展覧会場で不特定多数の人を相手にするのではなく、特定の人の間で鑑賞してもらおうというもの。

佳世 メールアートの活動もそうですし、芸術村が始まったのも嶋本さんのアクションが大きかったですし、時代や世の中を動かした意味でもアーティストでした。

ヒロ 奥野さんたちの交流や活動を聞くようになって、すごいなと感じるのは、紙漉きの仕事だけにとどまらない、広い表現活動に渡る点ですね。「全国手漉き和紙青年の集い(※ ⅱ )」(2011年・龍神村)を開催されたように、全国に散らばる100名以上の紙漉き職人や紙にかかわる人たちを一堂に呼べることもそうですが。

(※ ⅱ ):全国の手漉和紙に携わる青年男女が、お互いの技術交流と和紙文化の伝承のために1975年に初めて京都に集合し、以後毎年各地を巡回して開催。

誠  いやそれは、集い自体が長年全国で続いていることだから、声を掛けたら来てくれただけですよ(笑)。

ヒロ 奥野さんたちにとっては日常の延長にあることかもしれないけれど、「人を呼ぶ」ことに苦心している行政や地域が多い中で、貴重なことだと思いますよ。

誠  地域に人が来るという点では、そうだと思います。ただ、個人の力だけでは「青年の集い」の開催はとても無理です。宿泊の手配や細かい動線など数え上げたらきりがないですし。田辺市や、龍神村開発公社が、このイベントには協力してくれて、大会の開会式でも田辺市の真砂充敏市長に挨拶してもらいましたし、この工房も市が用意してくれたものですしね。そうやって、僕たちは34年前に龍神村に来たことで、紙漉きを始めて紙というものに向き合う機会に巡り会えたことがなにより大きいですね。「たかが紙」という感覚ってまだ最近ですよね。そもそも紙って貴重品だったじゃないですか。

佳世 江戸時代ですと、カゴを持って町の中を歩いて紙くずを拾って回る屑屋が職業として成り立っていましたからね。一旦作った紙を再利用する文化は江戸期にすでに確立されていました。消費するにしても、古くからリサイクルするのが当然のモノだったわけです。原料の楮(こうぞ)そのものが循環型の植物ですから、毎年刈り取っても次の年も同じように育ちますから、サイクルの中で培われたモノなんですよね。ただ、現代はそのサイクルが偏っていますよね。大量消費のために森林を伐採して結果的に異常気象を引き起こして……。

ヒロ 今の仕事はもっと注目されてもいいですよね。

佳世 いろんなものが詰まっていますからね。

誠  あと、紙漉きを始めた早い段階でわかっていたことですが、後継者をどうするかということは、責任を感じています。芸術の分野に限らず本当の後継者って、形式的に仕事や場所を継ぐのではなくて、「任せられる人」のことだと思うんですよね。僕が紙にかかわる前から、紙そのものの歴史があって、この土地の人たちの生業としての「山路紙」があって、後世の人たちはそれで生かされているわけですよね。そういう経緯の上で、いったん途絶えているものを僕らが再び掘り出して。後継者を育てること、育つ環境を整えることも今の仕事のなかには収まるのだろうけど……なかなかうまくいかない点ではプレッシャーを感じていますね。一方で、僕と佳世は紙漉きを通じて、和紙という素材をまず作って、自分たちの表現活動につなげている。その過程に後継者は要らないですよね。絵描きだって別に後継者は要らないですよね。自分の中で完結すれば良い仕事ですから。

ヒロ お二人の場合、表現方法の原料から用意していることが、作品のオリジナリティに結びついていると私は思っています。現代ですと、キャンバスと絵の具を用意して描くのが便利で一般的になりましたけど、表現方法が画一化してしまって独創性に欠けているというか、それが普通になっていて、物足りなさを感じなくなっていることが「普通」になっているような気がします。テンペラ画やフレスコ画のように、下地から作りあげ、絵の具を練って描き上げるということは、時間と手間がかかる分だけ観る側に迫る何かはありますね。

誠  (フレスコ画が隆盛していた)当時は原料も画家たちが作らないとだめでしたからね。

ヒロ 原始的な作品作りに回帰されていますよね、奥野さんたちは。

佳世 そこを大切にしたい、という意識はありますよね。楮という素材と向き合う仕事ですし、色彩も、草木で染めたり土を混ぜたりしますし。

ヒロ そうなると、他の方々はなかなか行き着けないし、再現出来ないですよね。まさに奥野オリジナルになるわけです。そこに行き着くまでの作業は特別なことじゃなくても、ひとつずつ積み重ねてきたからこそ、特別なことに今なっているのだと、ここ10年は近くで見ていて感じています。

誠  だから、タブローとは違うんですよね。この辺りはまだ自分の中でも言葉に出来ていないのですが、純粋に平面を追求する絵画とは、スタートが異なるという気はしていて。素材が、楮の収穫から始まって、和紙を作って、それに加えて僕と佳世を制作に向ける衝動があって、(衝動は)どこから導かれているかもわからないし、人それぞれ違うものではあるけれど……。なので、画材屋さんで絵の具を買ってきて、キャンバスに向かって「さぁ、描くぞ」という感じではないですね。

佳世 本当に自然な流れなんですよね。頭で考える以上に、心と体が動いた方に向かっていったというか。

誠  紙作りと表現活動、それぞれ一体になったものが自分たちの30年の仕事だったんだと、わかったことは確かですね。

[略歴]
奥野 誠(おくの まこと)
1975 武蔵野美術大学造形学部油絵専攻卒業
1977 大阪にアトリエを構え、関西、東京を中心に作品を発表する
1984 龍神国際芸術村へ移住、その運営に携わる 紙漉きと、 その技法による作品の制作を始め、 紙漉きワークショップ・展覧会を各地で開催
1988 芸術村開村5周年記念展を企画、開催
2006,07和歌山大学紀南サテライト授業「現代社会と紙漉き」開講
2008,09山路紙 紙漉き工房開設
2011 全国手漉和紙青年の集い和歌山大会を龍神で主催
2013 龍神国際芸術村開村30周年記念芸術祭、「Art in 龍神村」開催
2016 和歌山県名匠表彰を受ける
2017 名匠表彰受賞記念展(県民文化会館、和歌山市)、
奥野誠紙の世界展(紀南文化会館、田辺市)、東京都中央区区民講座にて講演

奥野 佳世(おくの かよ)
1975 武蔵野美術大学造形学部油絵専攻卒業
1976~84大阪の公立中学、高等学校にて美術指導
1984 アートスペース虹(京都)にて個展  龍神村に移住、龍神国際芸術村アートセンターにて村おこしの活動を始める 紙漉き、草木染による創作活動を始め現在に至る
1992~ 東京、北海道、和歌山、大阪、三重、兵庫などにて展覧会開催
2012~14草木染和紙薄様の研究と製作(助成 公益法人ポーラ伝統文化振興財団)
2017 東京都中央区区民講座にてワークショップ講師
奥野誠・佳世二人展(みやまかやぶき美術館、南丹市)、二人展(ギャラリー砌、東大阪市)