川口紘平

—川口紘平氏の個展に際し、大阪・東心斎橋にあるモルトバーにてお話しをうかがいました。

川口 マッカラン12年をロックで。

マスター かしこまりました。チェイサーもお付けします。

—私は…今日のマスターの気分でお願いします。

マスター では、今日は暑いのでグレンリベット12年のハイボールをお出ししますね。

—普段、出歩るかれるのはバーが多いですか。

川口 かっこつける訳じゃないんですが、美術館が多いですね。どっかでなんかやってへんかなって、気軽に。 批判的な目線で観に行くときもありますよ。夜はほとんどバーか、ご飯を食べに出歩いてますね。何回か通って、お店の方と仲良くなるというのも面白いですね。

—マスターのお店も、常連の方が新しい方を気さくに迎えられているような気がします。

マスター 確かに、ウイスキー専門という少しマニアックなお店なので、ご紹介から定着されるパターンが一番多いですね。

川口 (一番上の棚を眺めがら)ラベルで飲むとお会計がえらいことになりそうですね。

マスター 金額は全てボトルの裏に記載してますので、そっと見ていただいてもらっております。あんまり高いものをご注文されたら「大丈夫ですか?」とお聞きすることもございます。

—紘平さんは、若い頃からバーやお酒はお好きでしたか。今もお若いですけれども。

川口 今年38歳になりましたが…21歳の頃に友達や兄がバーで働き出したころ、家に空き瓶を持って帰ってきてもらっていました。それを題材に、片っ端からお酒 の絵ばかりを描いていましたね。空き瓶ばかり見てるのもなんなので、飲み始めたというか。「高いお酒の絵を描いて」と言われることもあるんですが、飲まないと描かないことにしてて…そしたら頂いたりしますね(笑)。

—制作中はやはり何か聴かれながら?

川口 音楽は絶対聴いてますね。昔は、聴いていた曲の情報や歌詞を絵に描いていたこともありました。ボンッと大きく絵がある周りに字がいっぱいあったりとか、お酒のラベルを題材にするなら「Macallan」という字がはみ出していったりとか。

マスター ウイスキーのボトルラベルや風景画を描かれるようになったきっかけというのは?

川口 お酒の絵はさっき話した友達の影響が強くて。風景画だと、パリの街並みがやっぱり憧れなんですよね。 20歳の頃、佐伯祐三という画家を知って、その人はしっかりパリを描いてはるんですけど、今まで絵画教室で習ってきたきっちりした奥行きや線が狂ってないか、という基本的なことを彼は完全に無視しているんですよね。 自由な線があったんですよね、佐伯の絵の中に。 「むっちゃ自由やねんな」って。そこから、やりたいことやったらええねんや、思って。でも、最初の頃はパリの風景を描くと、佐伯祐三みたいな感じにどうしてもなるから怖くて描けなかったですね。真似なんて言われるのも嫌だったので、(風景を描くのを)やめていたんですけど。初めてパリに行ったら「描いて良いわ」と思いました。生で見ると、描きたくてたまらなくなりました。佐伯祐三に似ていると確かによく言われますが、段々「違うことが出来てるな」っていう自分なりの自信が固まってきたので、最近はほとんどパリの街並みを描いています。

マスター パリにはよく行かれてらっしゃる?

川口 今まで、4回ですね。

マスター 1回だけ私も行ったことがありますが…非の打ち所がない街でした。圧倒されました。なんでこんなに爽快なんだろう、と。

川口 綺麗ですよね。丘に登ると、エッフェル塔や凱旋門も見えて。楽器なんて弾いたら気持ちええでしょうね。

—ライブをされると聞きました。

川口 たまに近所のバーでギター弾き語りもさせてもらいますよ。吉田拓郎とか井上陽水、泉谷しげる、松田優作…彼の『横浜ホンキー・トンク・ブルース』なんか好きですね。『プカプカ』って曲を出した西岡恭蔵って知らない? ー知らないですね。お父さまの影響ですか?

川口 父がピーター・ポール&マリーという古いフォークを聴いてて、彼らの『風に吹かれて』を知って、それはボブ・ディランが作ったということを知って、ボブ・ディランが大好きになって、彼を聴き出したら吉田拓郎が出てきて…それが中学校1年か2年の頃でした。だから、周りの友だちとは音楽の話なんて全然合わなかったですよ。そう振り返ると、音楽の影響というのは強いですね。今はパリの風景がメインですが、いつかもっと音楽の世界観を出せる絵を描きたいですね。

—今の作品には、ご自分で考えられた詩をプリントアウトした紙を貼り付けられたりもされていますね。

川口 伝統的な絵画団体の方からは「こういう風にしていいんですね」なんて驚かれたりもします。デザインの学校を出たりそういった仕事を一時していたので、グラフィック的な自由な感覚が自分の中には生きているのでは、と思っています。詩は読まれるのが少し恥ずかしいので、少しだけわかりにくくしていますが。

マスター (詩などを通じて)ストレートに自分の考えを訴えられる、ということは?

川口 (詩や文字の羅列は)ここに文字的なものがほしい、という感覚なんですよね。特に意味らしい意味は持たせていません。よく、絵に一から十まで数字を描いていたりするんですけど、見に来られた方はすごい意味があるのではと考え込まれる方もいらしたりします。ただ、僕の場合は、描いているときの勢いや思いつきが形になっているので、作品にメッセージ性は特に無いですね。

—作り手と受け手の思いが一致することは、確かに難しいかもしれません。

川口 受け手に合わせていたらきりがないですから。 作品タイトルのネーミングもその点難しいですね。やはり便宜上ないと困るので付けるのですが…絵のモチーフにしたレストラン名を単純に付けることもあります。 「(受け手に)そう思ってほしい」というネーミングはあまりしたくないですね。

マスター 作為的なことはあまりされたくない、と。

川口 「なんでもあり!」と思いたいんですよね、見る人も描く人も。

—当初デザインの道にすすまれたというのは、デザイナー志向があったのですか?

川口 いえ、芸大受験をしてて、京都市立芸術大学を目指していました。1浪しているときに「そこまで頑張って行く必要あるのかな」と疑問を持ったりして。当時の高校の先生には「絵描きは60歳でも新人と呼ばれる世界なんだから焦らなくていいんじゃない?」と言われたことも大きかったですね。そこから、とりあえず生計を立てるためにデザインの勉強をして、デザイン事務所に就職しました。新聞広告の仕事がメインでしたが、ストレスも溜まったりして割とすぐに退職しました。ラガブーリン、ロックでください。

—いまさらですけど紘平さんって、よく話されますよね。寡黙な方とよく思われるのでは?

川口 思われるんですよね、寡黙でクールなんじゃないか、とか。でも、個展で会場に在廊した日はお客さんにおもろいこと言おう言おう思っていますね。 ー大阪人らしいですね。

川口 お酒飲んだら特に喋りますね。だから、昼間はあんまり喋らないですよ、前の晩のお酒も残っていたりして。これだけ喋るようになったのはバーに行くようになってからですよ、知らない人と隣になったりして、お喋りして、そんなんの繰り返しですよ。

—デザイナー志向ではなくて、やはり画家になりたかったということで。それは小さいときから?

川口 幼稚園の時から画家になると思ってましたね。 資格やテストもないですし。今ほど仕事として絵を描いていないときでも、家でイーゼルを立ててキャンバスを置いて、特に何を描くというわけではないのですが。 そういう空気感に自分が酔っていたところもありました。

—紘平さんがパリの街並みを見て「描きたくてたまらなくなった」という衝動…芸術家はそういう衝動を持たれている様な気がします。音楽家、彫刻家、陶芸家、…楽譜を書かずにはいられない、彫らずにはいられない、手を動かさずにはいられない。そのような内面から湧き出る感覚というのは特別な才能なのでしょうか。

川口 誰しも持っている感覚なんだろうとは思います。それはある種の欲望なんですよね。「何かしたくてむずむずする」っていうのが。だから、ある意味そういう(芸術)活動を続けている人は「子ども」なんだと思うんですよね。欲望に忠実な。描きたくてたまらへん、でも色んなことあるから出来へん、っていうのが大人になったらわかるじゃないですか。やりたいことをやるための環境づくりは大人になっているのかもしれないですけど。自分の中にある、根本にある…欲望を吐き出したいというのは「子ども」の延長なんちゃうかな。 ラガブーリン、おかわりください。段々こういう考えに固まってきたというのはあります。若いときは、画家って人とは違う特別なこだわりがあらないかんやろか、とか。でも、そんなプライドは自分にとってはふさわしくないな、と思うようになってきて。

—個性を求めて、没個性になるというような。

川口 そうそう。人が感動するような絵を描こうと思ったら、人のこと知らなあかんし、人とちゃんと喋るということが出来ないと…感動させるということは出来ない、と。百貨店や画廊での個展となると、みなさん緊張して来られたり質問されるんですね。そんなときは、描いている時に演歌や英会話が流れてしまうことを話したりして。 でも気軽な話をしても、来られた方はやっぱり目に見えてるものに「すごい」と思ってもらっていて、そこに現実があるわけやから、蔑ずんでは見られていないですよね。そういう、日頃の背景も交えたりすることで、心の紐がほどけたら…もっと純粋に絵を見れるんとちゃうんかな

(売約済)Cafe Chappe(アクリル・キャンバス/2015年 95㎝×95㎝)

[略歴]
川口 紘平(かわぐち こうへい)
1979 大阪摂津生まれ
2000 大阪デザイナー専門学校卒業
2002 個展・パステルハウスM/大阪・天神橋
2004 欧美国際公募キューバ美術賞展・優秀賞、個展・パステルハウスM/大阪・天神橋
2006 欧美国際公募フランス美術賞展・入選
2007 HERATLAND KARUIZAWA DRAWING BIENNALE・入選
2008 個展・Night Market 2F/大阪・福島
2009 個展・Casa La Pavoni/大阪・北新地 個展・炭味家/大阪・福島
2010 個展・Green Art Gallery/兵庫・尼崎、 個展・長崎浜屋百貨店/長崎・浜町
2012 個展・大丸心斎橋店 特選ギャラリー、個展・長崎浜屋百貨店/長崎・浜町
2013 個展・仙台三越 アートギャラリー/仙台、IFA展(IFA国際美術協会) 招待出品/大阪市立美術館
2014 個展・心斎橋大丸 美術画廊 / 大阪、 IFA展2014(IFA国際美術協会)/ 招待出品/大阪市立美術館
2015 個展・仙台三越 アートギャラリー/仙台、個展・東武百貨店 池袋店 / 東京、IFA展2015(IFA国際美術協会) / 招待出品/大阪市立美術館 個展・BAR 㐂坐吽 1F/大阪・福島
2016 個展・東武百貨店 池袋店 / 東京
2017 個展・岡山高島屋 / 岡山、 個展・さいか屋藤沢店 / 神奈川、個展・米子高島屋 / 鳥取
2018 個展・Casa La Pavoni / 大阪・北新地