赤松功・森田順子


—赤松さんは木工に行き着くまで、石彫をメインに作家活動をされていました。

赤松 37歳のときに悪性リンパ腫が見つかって、一緒に療養してた人はずいぶん亡くなったりして……。それまでは石彫だったけど、病み上がり後は紙、次第に木といった石よりは軽い素材を扱うようになりました。

—奥さまであり、ヒロ画廊でも二人展をしていただいている画家の森田順子さんとは武蔵野美術大学で知り合われたと聞いています。

赤松 武蔵美の彫塑部でお互い出会いました。今も変わらず、同志ですね。

森田 二人とも若い頃から美術ばっかりやっているので、病気や怪我をしていても目の前に展覧会をぶら下げては制作意欲を湧き立ててきましたね。

赤松 作家だから、制作することが最大のよろこびですよ。

—赤松さんの椅子は画廊や会場にさりげなく展示されていると、お客様に気にとめられるケースが多いです。

赤松 椅子の上に陶器や立体作品を置くと、情感がより出るみたいですね。機能性が薄い分、合理的な作りのお家やマンションの洋間にあえて置くことで、空間が生き生きして際立つようです。作品タイトルはずっと無題でしたが、「語りかける椅子」とヒロさんがネーミングしてくれてからは、ずっとそのシリーズでタイトルを付けています。

—作品作りで意識されていることとなると?

赤松 自分の場合は、やりっぱなしの部分を少し残すというのかな、「作りすぎないこと」も意識はしていますね。

森田 脚なんか、見た感じは華奢なんですけどね。

赤松 不安定さってある種、魅力的でしょ?「大丈夫かな?」っていう興味を持たれるでしょ?

—「怖いもの見たさ」のようなものでしょうか。

赤松・森田 (笑)。

赤松 感覚的な面で、安定さや堅牢さは、安心や信頼は生むけど刺激は生みづらいでしょ。さっきの「作りすぎない」という点でも、これから年を取って、省略化されたところに作品の魅力がまた出てくるとは思っていて。若い頃の「なんでも出来る」という時期はアグレッシブな分だけ、他人がやっていることも視界に入り込んできてしまうよね、技法や活動範囲とかね。でも、段々体力がなくなってくると、自分のやり方でしか通用しなくなる。そうやって残る感覚だけがその人本来の個性なんだと思う。自分だと、瞬発力みたいなものは若い頃から普通の作家よりは弱い上に、年々衰えてはいるしね。でもその分、日数をかけてコツコツと作るスタイルになって、気づくと膨大な作品の量になって、次第にみんな呆れるね(笑)。ヒロさんによく言われるんですよ「同じ宇和島市出身の畦地梅太郎みたいに、80歳でブレイクしたらいいじゃないですか」って。(アトリエのある埼玉県飯能市にて)

[略歴]
赤松 功(あかまつ いさお)
1949 愛媛県生まれ
1972 武蔵野美術大学別科実技専修科油絵卒業
2010 個展 現HEIGHTS・ Gallery DEN
2012 CAF・N展(埼玉近代美術館)、波動展(福島県)
2013 中之条ビエンナーレ
2014 国際野外の表現展(入間市AMIGO! )、個展(AMIGO! )

森田 順子(もりた じゅんこ)
1950 和歌山県・かつらぎ町生まれ
1975 武蔵野美術大学造形学部油画科卒業
1977 武蔵野美術大学大学院造形研究科油画コース修了
2000 個展ヒロ画廊 ー和歌山県橋本市ー(0’3 0’6)