学文路天満宮

ヒロ画廊 代表 廣畑政也(以下、ヒロ)今日、菅野さんにお話しを伺うにあたって、学文路天満宮の歴史を改めて調べましたら、建立から900年も経っているんですね。それだけ歴史のあるスポットとなると地域の中でも少ないですよね。地域のかたがたにとったら、子どもたちの七五三でまずお世話になるのもこちらですし、馴染みのある場所です。この10月も正遷宮がありますが、正遷宮委員会地区役員として微力ながらお手伝いさせていただきました。その際、実行委員の方々にお話しを色々と伺いましたら「こういう時代だから、自分たちから下の世代は天満宮に馴染みが薄いのも仕方がない」という声もあった一方で、驚いたのが天満宮の氏子崇敬者である各地区(学文路・南馬場・西畑・清水・賢堂・向副・横座)の方たちが氏子さんとして非常に協力的でいらっしゃることです。

学文路天満宮 菅野一三(以下、菅野)本当にありがたいことです。近隣のお宮さんを取り巻く状況ですと、橋本市と伊都郡で現在64社の神社があります。その中で「宮司」と肩書きのある方は11名いらっしゃいます。1人で数社の宮司を兼務されている方も少なくはありません。最寄りの天満宮ですと、和歌山市の和歌浦天満宮になります。ですので、遠方からお参りくださる方は多いです。最近ですと、2017年に鍋谷峠道路が開通しましたので、泉南からお出くださる方も増えてまいりました。電車ですと、10年前に阪神電車がなんば駅に乗り入れたこともあって、兵庫県からお出でになる方もいらっしゃいますね。

(写真 左)ヒロ画廊  廣畑 政也(ひろはた まさなり)

ヒロ 学問の神様・菅原道真公を祀られていますが、南海電鉄とタイアップされた、合格祈願の入場券や「すべらない砂」もずいぶん長く続いていますよね。

菅野 もう30年以上経ちますね。参拝者の声を聞いておりますと……合格祈願の入場券は学文路駅で買いたいという方が多いように感じています。

ヒロ 学文路駅も無人駅になっていますし、入場券自体は学文路駅では販売していなくて、近くの主要駅である橋本駅などで皆さん購入されていますね。

菅野 せっかくだから、学文路駅に入場して、駅員さんから買って、学文路駅に「入って」買いたいそうです。入場券を購入されたその足で、天満宮に寄られる方々は非常に多いですね。

ヒロ アクセスという点ですが、ヒロ画廊も繁華街にあるわけではありませんし、大きな駅の近くでもないですし、通りすがりではまず入ってこられません。天満宮も近年ですと、紀の川フルーツライン(紀ノ川左岸広域農道)から来ることも出来ますが、大多数の方は下道から来られると思いますし、決して利便性のよい場所にある神社、というわけではありません。

菅野 その分、出来る限りの美しさを保つように努めています。ありがたいことに「きれいで気持ちが良い」と言って下さる方も多いです。

ヒロ 「心のよりどころ」と言ったら大げさかもしれませんが、神社の役割のひとつには違いないですよね。少なくとも私は、小さい頃から「天神さん」と呼んで距離の近い感覚があります。画廊に遊びに来られる方で受験生のお子さんやお孫さんを持たれていらしたら、学文路天満宮は話題になるスポットの一つです。

菅野 「ここに来たら、ホッとする」と言っていただくことが、一番ありがたいですね。お宮さんの役割のひとつは、自分の心を整える場所であることには違いないです。たとえば、学文路天満宮もそうですが、どこの神社でも鏡が置いてあると思います。鏡を通して神様と自分が向かい合い、清らかな心でお参りをする、そんな役割も鏡は担っているのです。参拝してもらって、何かしらの心の栄養を蓄えてもらえれば、とは思っております。絵画もそうですよね。

ヒロ 規模や歴史も、私どもと天満宮さんは全く違いますけれども、「ホッとする」「元気になる」という点では、共通すると思います。私たちの仕事は、美術作品を紹介する仕事ですが、絵や美術品となると投機の対象として紹介したり捉える方も中にはいらっしゃいます。ですが、私どもとしては、生活に少し潤いが出れば、というスタイルです。お宮さんのように、静寂な空間があることで地域を潤す、ことと少しは共通しているのかなと思います。

菅野 最初に触れていただいた正遷宮ですが、今回が約40年ぶりです。このたびの正遷宮に際し、みなさまのおかげで天満宮を美しくしていただきました。これを維持し、次代に繋げる責任感も一層大きくなりました。

ヒロ 私は、役回りも含めて、菅野さんにこのように改めてお話しを伺えて、何かのご縁なのかなと今では感じています。

学文路天満宮 菅野 一三(すがの いつぞう)宮司

学文路天満宮
〒648-0044 和歌山県橋本市南馬場821−1
TEL 0736-32-5582
ヒロ画廊より徒歩12分 南海高野線 学文路駅より徒歩20分 

学文路天満宮は、第七十五代 崇徳天皇の天治元年(1124年)紀伊国伊都郡南馬場村の今の地に創建されました。明治六年(1873年)には、菅原道真公(天満大自在天神)を主祭神として、村社、旧学文路内五十五柱の神々を合祀し、現在に至ります。学文路天満宮は北野天満宮の分霊をこの地に移し、本殿ははるか都の北野天満宮に向かって建てられています。現在は、学問の神と崇拝される菅原公が祀られているため、受験シーズンになると、近畿各地から受験生やその保護者の方々が参拝に来られ、絵馬に合格を託しては合格のお札参りに来られる方で賑わいます。