三星善業

陶芸家・三星善業の個展に際し、旧知の間柄であるお二人、高野山・無量光院にお住まいのスイス人僧侶・クルト厳蔵さん、兵庫県神戸市北区にある弓削牧場(有限会社箕谷酪農場、有限会社レチェール・ユゲ)の弓削和子さんにそれぞれお話しをうかがいました。

聞き手・構成・撮影=廣畑貴之

―長年取り組まれているラオスでの学校建設も含め、今年は民放のテレビ番組に出演されたりお忙しそうですね。

クルト 昨日も仕事で京都と大阪に行きましたが、やはり人が多いですね。このインタビューの前には、ありがたいことにナショナルジオグラフィック社からの取材もありました。ただ、自分にとってはもっとスローなペースが合っているように思います。

―(高野山の街を歩きながら)交通量が増えましたよね。

クルト そうですね。週末は特に関西圏から車で観光に来られている方々が多いです。私の出身のスイスだと、高野山ぐらいの規模の街や村だと規制があって、車は一日のうち決まった時間にしか行き来できないですね。フィレンツェの街も、朝の搬入時間のみ車両が出入れして、その時間を除いては、昼は歩く人たちであふれますね。

―三星さんとは15年のお付き合いとうがかっています。

クルト 高野山に来て、彼の師匠である目黒威徳さんを知ってから、三星とは知り合いました。出会った当初、彼は陶芸の仕事と新聞販売の仕事で生計を立てていました。毎日彼のアトリエ・山日子庵の前を通っては、ヨーロッパでは感じたことのない陶芸の美しさを感じていました。スイスなどヨーロッパの画廊では陶芸の取り扱いはまだ少ないですからね。また、職業柄多くの方々と出会いますが、三星もそうですが陶芸家の方々は特有の静けさを持っている印象があります。現代の心理テラピーのうち、芸術療法で陶芸が取り入れられていることは何ら不思議ではありません。

―クルトさんは得度されて20年、三星さんは陶芸の道に入られて30年。長く続けられたことで見いだされた価値といのはありますか。

クルト 宗教者は別として、芸術に美術、音楽の世界というのは、年齢を重ねてから磨きのかかる仕事や生き方だと思います。多くの方は、60歳を過ぎるとリタイアされたり、体力などの衰えによって当然生活のスピードを緩めます。でも、芸術の世界というのは、単に作品の善し悪しだけではなくて、その人の生き方が徐々に反映されていきます。正直に取り組んできたか、そうでないか……。ビジネスに目が行きすぎると、not impressive。少しも心を打ちません。商業的なねらいは作品を作り上げたあとにほんの少しだけあればいいのでは、というのが私の考えです。というのも「作る」と言うことは、人生の大切な時間を切り売りしているわけですから。「本当に好き」「今、これがしたい」「今、これをしなければならない」……”love”、”want”と”must do”がアーティストにとっては必要なのではないでしょうか。

―芸術家という職業に限らず、仕事や趣味の範囲においても「自分が本当にやりたいこと」「好きなこと」を放置しておくと、それを実現するためのスタートは当然遅れますし、知的好奇心も薄いままになります。知ることや動くことに飢餓感も生まれなければ、日常生活に差し支えはなくても、どこか虚しさを抱えたままになってしまって、本来的な意味で自分を大切にしているとは言いがたいかもしれません。

クルト その点で、三星は30歳を機に建設業の技術者をすっぱり辞め、陶芸の道に入りました。話は少し大きくなりますが、日本人は間違うことや逸れることを極度に嫌いますよね。失敗に寛容ではない。情緒を大切にする一方、散々言われていることですが同調圧力がやはり強い。これは海外から来た身としても、とても不安に感じます。なぜなら、ときどき間違うことが、新しいアイデアを生み出しますよね。「失敗は成功の母」という手垢のついた格言があるように。というのも、彼の窯焚きを何度も見せてもらいましたが、すべてをコントロール出来ないんですよね。自分ですべてを決めることが出来ない、思い通りにはならない……でも、それが一番面白い。これは、日本だと生け花や茶道も同じだと思う。空間に生きた動きが入ることで、その場が有機的になる。三星の場合は、高野山で収集できる薪での窯焼きにこだわって、陶に生命を吹き込んでいるように感じます。高野山という土地と陶の芸術が一体になって、ぽとりと生まれるスピリチュアルな「美」……私が彼に惹かれているものでしょうか。

クルト 厳蔵 Kurt Kubli Gensō  

1950年生まれ。スイス・チューリヒ出身。イタリアの美術大学を卒業。1997年に無量光院の修行僧となる。得度して役僧として働く一方、外国人観光客向けのテキストやガイドを5か国語で行う。2008年には、国土交通省が任命する「YOKOSO JAPAN大使」に選出。海外からの旅行者やメディアに高野山の魅力を紹介。高野山への外国人観光客の増加に貢献し続けている。また、ラオスの貧しい農村出身の見習僧が学ぶ中・高校の教育を充実させたいと計画し、日本各地やスイスなど海外4カ国の資金援助により、2009年にラオス北部の古都ルアンプラバンに校舎2棟を新築する。

弓削 三星さんとのかかわりですが、学生時代、私はワンダーフォーゲル部で、彼は探検部でしたがワンダーフォーゲル部にちょくちょく顔を出していました。互いの部も交流があって、知り合ってもう30年以上経ちます。

―それ以来、三星さんとかかわられているということは、弓削さんも何か創作をされていたのですか?

弓削 大学卒業後にOLを一年したものの、そこが自分の居場所ではないと思い、その後いわゆる自分探しで墨絵や創作人形をしていました。無所属の洋画家・宮田為義さんに勧められて個展を開いたこともありました。師事した宮田さんの「雲一つないところに、良い作品は出来ない」という言葉が今でも心に残っています。作家の方々は皆さんそうだと思うのですが……自分の中にあふれるものを作品というかたちにされていますよね?そういった、高い水準で感受性を保って生計を立てることは並大抵のことではないことを知らされました。

―確かに、作家活動のみで生活を維持されている芸術家の方はほぼいないように思います。基本的には、家族やパートナーの支えを受けられたり、教室指導や学校での講師のお仕事など、生計を立てるための別の手段を持たれている方々がほとんどです。

弓削 そのような経験もしてから、弓削牧場に嫁ぎました。ただ、嫁いで10年程して生産調整の影響で乳価が低迷していた時期でもありました。主人は50頭の牛たちと、これからどうやって農場を守っていくか悶々とする一方で、ここ(農業)は可能性に満ち満ちている場所だと私は感じていました。そこから、何もないキャンバスに絵を描くように私なりの「アート」が始まりました。

―嫁がれてから手掛けられたことは? 弓削 3人目の子どもを出産してすぐ、主人の強い希望にそって、ナチュラルチーズの原型といわれるフロマージュ・フレとカマンベール作りのサポートです。30年前、世間でカマンベールは認知されかけている一方、フロマージュ・フレというものは全く知られていませんでした。また当時の酪農家は、牛の育成には精通していても、牛乳やチーズへの興味や関心は今ほど高くありませんでした。ですので、弓削牧場独自のチーズを作ろうと試み、最初は当時50年前に発行された洋書の「ザ・ブック・オブ・チーズ」を翻訳して、試行錯誤を繰り返し2種類のオリジナルチーズを完成させました。その後「より美味しい食べ方も提供したい」と思い、チーズハウス・ヤルゴイを建設しました。

―今では結婚式場としても弓削牧場は人気のスポットとうかがっています。

弓削 今現在120組以上挙式していただきました。ですが、挙式される方には必ず自己主張をしてもらっています(笑)。

―自己主張というと?

弓削 普段私たちは乳製品で自己主張をしています。単にお金をいただければ良いという仕事にはしたくありません。ご結婚される方も思いがあって一緒になられるように、私たちも思い入れがあってこの場所で仕事や生活をしています。気持ちの面だけではなく、立地上、牛や牧草のにおいもしますから、親御さんなどがご納得されない場合もありますからね。挙式される方と参列される方々に満足してもらいたいからこそ「なんで弓削牧場なのですか?」という理由をきちんとお聞きしてからお受けしています。

―では、三星さんの作品を使われているのにもそれなりのこだわりが? 弓削 のちに人気メニューとなった「生チーズの冷や奴風」を提供する当初、どのように盛り付けるか思案の最中、彼の作品に出会いました。電話で「これぐらいの直径で」と伝えたのですが、話したものより小さい作品が届きました。でもかえって、こじんまりして何か民藝的な雰囲気を受けました。「冷や奴風」にはフロマージュ・フレ(生チーズ)にお醤油とすだちも添えるので彼の素朴な作風がぴったりだったのですよね。私は、弓削牧場のメニューへのこだわりは三星さんの器でないと伝わらないと思っています。

―今回弓削さんにお話しを聞かなければ、神戸で三星さんの作品が30年も使われていることは知らないままだったかもしれません。

弓削 彼はシャイでアピールをしないですから……そのうえ見かけとは違って繊細で。でもそれは決して悪いことではなくて、自分自身を大切にして、大きく見せようとはしないということですから。昔から変わらない彼の美意識に違いないですね。

弓削牧場 YUGE Farm  〒651-1243 兵庫県神戸市北区山田町下谷上西丸山5-2 営業時間:11:00 ~ 17:00 (※15:00~カフェ) 定休日:水曜日(1・2月は火・水曜) URL:http://www.yugefarm.com 電話番号:078-581-3220 (9:00 ~18:00)

神戸の市街地から車で20分。六甲山の裏側でチーズ作りを主体とした酪農を営まれています。50頭の牛たちは24時間、自由にのんびり過ごしています。牧場内には、牛舎、チーズ工房、菓子工房、レストラン、ハーブの庭や畑があります。チーズハウス(レストラン)では、自家製のチーズやハーブを使ったオリジナルメニューやスイーツを召し上がりことも出来、ゆったりとした空気が牧場内には広がっています。(尚、観光牧場ではありませんので、飲食物の持ち込みはご遠慮下さい)